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横浜地方裁判所 昭和32年(わ)1202号 判決

被告人 古我信生

主文

被告人は無罪

理由

本件公訴事実は「被告人は日米行政協定に基き関税等に対する免税特権を有する駐留米軍人から税関長の許可を受けることなく外国自動車を譲り受ける不正行為によりこれに対する関税等を免れんことを企て、税関長の許可を受けることなく、昭和三十二年三四日月頃埼玉県入間郡武蔵町ジヨンソン空軍基地において米軍人ドナルド・ピー・オニールから五四年型ビユツク乗用車一台を六十万円で譲り受け以て不正行為によりこれに対する関税一八三、九六〇円物品税三五四、七五〇円を免れたものである」というにある。

よつて按ずるに大野賢次郎の検察官に対する供述調書及び当公判廷における証人箭中敏の供述によると被告人は昭和二十八年以来東京都港区赤坂田町二丁目十八番地葵自動車株式会社代表取締役として外国製乗用自動車の売買を営んでいるものであるところ昭和三十二年三月初め当時埼玉県入間郡武蔵町ジヨンソン空軍基地に勤務していた米国軍人ドナルド・ピー・オニールより同人が所有していた五四年型ビユツク乗用車(車体番号四A六〇一八四〇一)一台を金六十万円で譲り受けることとし、同年同月四日右代金を完済して該自動車を引取つたことが認められる。日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税等の臨時特例に関する法律第十一条第十二条第一項同法律施行令第十三条によれば免税特権者が非免税特権者に対し未だ関税その他の税金を納めていない物品を日本国内において譲り渡す場合は、その譲渡が輸入と看做され、事前に税関宛輸入申告をなし関税等を納入すべき建前となつているのであるが、証人箭中敏同市川茂同細田清の当公廷における各供述によれば、その実際の取扱は譲受後一定の猶予期間をおいてその手続が履行されていること、又その猶予期間としては税関の内部通達によつて一応十五日間ということになつているがこの期間を超えて手続をするものが比較的多く、この十五日以内に手続をして税金を納入しているものは却つて少ないことが窺われる。そのため被告人も亦この慣行に従い本件自動車の譲受後売却がすぐ行われなかつた事情もあつて同年九月十八日本件自動車が神奈川県警察本部刑事部の手によつて差押えられるまで関税、物品税等を納入しなかつたものであつて被告人が本件公訴事実の如く当初より又は事後に於て「税関長の許可を受けることなく外国自動車を譲り受ける不正行為により之に対する関税等を免れんことを企て」たり、その目的を以て何らかの作為をしたと認むべき証左は何もない。このことは被告人がドナルド・ピー・オニールより本件自動車を譲り受けた際、社員箭中敏を通じ、前記空軍基地内米軍憲兵隊司令部において、正式のビル・オブ・セール(昭和三十二年地領第五四七号の第二号)を作つて売主のサインを求め同人のステートメント(同第三号)を貰い、埼玉県陸運事務所に於て俗にいわゆる三A番号即ち米駐留軍関係使用車の廃車手続を了し、同所より新規登録用謄本(同第一号)を受け取り更に売主のサインを伴つた輸入申告書(同第五号)の他に物品税品引取申告書(同第四号)を作成する等およそ本件自動車の通関に必要な準備行為を履行していることによつても充分認められる。

しかしながら被告人は仮ナンバーを受けて未だ関税等を納めていない本件自動車を乗用に使用したり、これを第三者に譲渡しようとした事実が認められるので、かかる行為が関税法、物品税法にいう「詐欺その他の不正行為により」関税を免れ或は物品税を逋脱したことになるかどうかを検討して見るに右にいわゆる「詐欺その他の不正の行為」とはかかる行為によつて終局的に税関の関税賦課決定を不能ならしめ、又は賦課決定を誤らしめる充分なる可能性がなければならないと考える。(昭和三二年(う)第二、一二二号同三三年一月一六日東京高裁第一〇刑事部判決、同高裁判決時報昭和三三年度第九巻第一号二頁参照)しかるに本件において、被告人が当初より通関に必要な準備行為を履行したことは前段認定の通りであり被告人も早い機会に納税せねばならぬと考えていたことは充分認められるのであつて、関税の賦課決定を不能ならしめる虞はなかつたものといわなければならない。いわんや自動車はその他の物品と異り形態も大きく高価な物であり、法律上もその登録手続があり、登録原簿による車体及び原動機の番号並びに型式その他車名等の公示方法が採られていて被告人において特に関税等を免れようと意図しない限りその賦課を不能ならしめる虞はないという外はない。

従つて本件の如き場合に対処してこれが取締の徹底を期するためには須らく適宜の立法乃至行政的措置が採られなければならないのであつてこの点に関する立法の不備又は従前における行政的取締の不充分を補うため本件行為の可罰性を認めることは許されない。

以上を要するに本件の場合において被告人に本件自動車に対する関税及び物品税を関税法、物品税法にいわゆる不正の行為によつて免脱する犯意があつたものと認めるにはその証明不十分であつて被告人は無罪たるを免れない。

よつて刑事訴訟法第三三六条により主文の通り判決する。

(裁判官 松本勝夫 菊地博 渡辺惺)

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